トルコ一人旅体験談 V「イスタンブールのおっちゃんたち #3」

エントリーNo. 3
・バーテンダーのおっちゃん
「誘拐未遂」の容疑

滞在していたホテルの屋上にラウンジがあったので、「18歳からお酒を飲める」という「素敵な」法律の上で踊ってみた。

屋上に着くとそこにいたのは、ロクに英語も喋れない50代くらいのいかにも優しそうなそのおっちゃんだ。

座るやいなや、メニューの中に「ピニャコラーダ」の文字を発見した俺は、早速それを注文した。好きな海外ドラマで、このカクテルを飲んでるシーンがあったのだ。いつか飲みたいと思っていた。ココナッツも好きだし。

ブルーモスクを見下ろしながらピニャコラーダを啜った。
18歳の少年にはあまりに似つかわしく無い状況。

さて、ウイスキーが飲みたくなった。
流石にロックとかだときついので、ハイボールが頼みたくなり、言ってみると通じない。
調べると、「ウイスキーアンドソーダ」というような言い方をするらしい。
というわけで、「ウイスキーアンドソーダプリーズ」と言った。

すると、「ウイスキー」がグラスに一杯と「ソーダ」が1瓶来た。

ストレートのウイスキーが届いたのだ。しかも、普通はあのグラスに4割くらいの量で入れるもんでは無いのか。マックスで8割以上一杯になっていた。

すぐ下に部屋がある、という安心感もあり、もちろん俺は飲んだ。
これで一気に酔いが回ってきた。

問題はその後だ。

「ここ良い場所だね」とか「美味しいね」とか喋っていたら、どうやら気に入られたらしく
「ドリンク、ドリンク、オン・ミー」と言われた。
奢ってくれるらしい。
俺は、もう作ってくれたこのドリンクがタダになるのだと思って、

「ワオ、サンキュー!」と言った。

おっちゃんは慣れていないウインクをして何処かへ行ったと思ったら、2分後に新しいピニャコラーダを持ってきた。

「え?」

「ディスイズオンミー!♩」

そっちか。ありがたく頂いた。クラクラだ。

俺が、近くで遊べるところを探している、と言う話をすると、ディスコに行こう!という話になった。面白そうだったので、おっちゃんの仕事が終わる21時ごろにロビーで待ち合わせすることになった。

クラクラしていた俺は18時に部屋に戻り、3時間爆睡した。一瞬で3時間が経った。

ロビーでしばらく座っていると、おっちゃんがあらわれた、
俺がにっこり笑いかけると、ガン無視スルーして外に出て言った。

まさか気づいてないのか!と思って慌てて追いかけて外に出ると、おっちゃんがいた。

「こっちきて」と、角を曲がったところまで歩く。

どうやら、フロントの人や、他のホテルの人にバレたらまずいらしく、客と出掛けるのがバレないようにしなきゃいけない、ということだった。

なるほど、ホテル側のポリシーはしっかりしているのだな、と思った。
わからない、当時は何も思わなかったかもしれない。「ワーオ、なんかかっこいい!この状況!」としか思っていなかったかも。

すると、おっちゃんがこんなことを言い出した。

「ディスコもいいんだけど、マッサージでもいい?」

「ん???」
なぜ?マッサージ?え?

おっちゃんからの突然の提案。でもなぜか相当行きたそうだったので、

「いいよ」
と言った。

そこから、電車に乗って7駅ほど離れたところに行った。
トルコは路面電車みたいなのが多かった。駅も小さく、すぐ乗れてすぐ降りれる、みたいな。

その乗った電車の中に、前日市場でしつこくネチネチ買う買わない問答を繰り広げえたおっちゃんが座っていた。
俺もなかなか断りきれずにネチネチ粘って結局何も買わなかったので気まずく、必死でバレないようにきをつけた。

そうこうしているうちに着いたらしく、電車を降りた。

「こっちダヨ」と言われ着いて行くと、暗い路地裏のようなところに連れていかれた。

人気の全く無い場所で、ガチガチに鍵がかかってチェーンで固められているシャッターの前で立ち止まった。

「ここなんだケド・・・今日は休みみたいダナ」

さすがに怪しいと思い始めた。ここに来てやっと怪しさを感じた。
ロケーションとシチュエーションが、さすがにヤバすぎる。

「じゃあこっち来てみて」と言われ、連れていかれた近くにあったもう一箇所も、同じようにチェーンで固められているシャッターが閉まっていた。

「おお、今日は本当にアンラッキーだ、こっちも閉まっテル」

完全に怪しみながらびびっている俺をみておっちゃんは、「ごめん、今日はやってないワ・・と言った」

「大丈夫大丈夫!じゃあもう俺ホテル帰ろっかな!」と言った。必死だった。

おっちゃんは寂しそうな表情をしながら駅まで送ってくれた。

「これ使って〇〇駅で降りたらすぐホテル着けるから」といって、乗車券を渡してくれた。

別れ際に、何かを言われた。英語でなんて言ったら分からなかったらしく、トルコ語で言われたのだが、よく分からない。

そして彼はケータイを取り出した。
Google翻訳のおでましだ。

おっちゃんが見せて来た画面にはこう書かれてあった。

「あなたは素敵で甘い」

おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい

ゲイかよ!

もしかしたらあの時、俺は知らない異国の地の路地裏で、ゲイに性感マッサージをされるところだったかも知れない。

ゾッとする。知らない人について行くのはやはりヤバすぎる行為だった。

反省させていただいた。

トルコ一人旅体験談 IV「イスタンブールのおっちゃんたち #2」

イスタンブール滞在中に出会った、俺の嫌な思い出を作りの功労者たちの活躍を語り継ぐシリーズ第二弾です。

ホテル周辺には色々なお店があった。俺はルンルンと飛び出し、色々なお店に行ってみようと思った。

イスタンブールの暴虐的な商いにいたぶられるべく、
(あくまで日本から一人でやって来た、未だ世界を知らずに哀切極まりない日本人少年目線)

俺はホテルを飛び出した・・・
飛んで火に入る夏の虫のごとく・・・

エントリーNo. 2
・絨毯屋のおっちゃん
「迷える日本人を混乱させた」容疑

絨毯屋さんに入った。

軒先に、明らかにトルコ人なのに日本語を喋れる人がいたので驚いた。後からよくわかったのだが、世界的大観光地イスタンブールの商人たちには、日本語を喋れる人が案外多い。
その人は早いうちに何処かへ行ってしまったのだが、すぐ店長のような人が現れて、「絨毯すごいですネ」というような事を俺が英語で言うと、色々と広げて見せてくれた。

「これはこうこうこうで、手作りだから他のものと違うんダヨ*」とか、
「この生地はどこどこどこ産で、質がとってもイインダ!*」「ほら、靴を脱いで歩いてごらン?*」と言って、色々と教えてくれた。
*英語

すると、バカみたいに感心しながら聞いていた俺に、「買いませンカ?」と聞いて来た。

(いやぁ一人で観光に来て初日に絨毯買うかよ。値札ねーし。面白そうだから寄っただけだし)

*英語
俺「いやぁ、どうかナァ・・・ ちなみにおいくらでスカ?」
おっちゃん「いくらだったら払えるとオモウ?」
俺「え、わかんナイ・・・いくろダロ?」
おっちゃん「これすごくいいんだぜ、いくらなら払いたいとオモウ?」
俺「えーー」

まぁ控えめに言ってクソみたいな会話だ。

そしてついにこう切り出して来た。

おっちゃん「Forget about business, from your ココラ…」

(ココラ????)

俺「???」

おっちゃん「ココラ means “heart” right?」

俺「オー、イェスイェス! ハート・イズ、『ココロ』」

おっちゃん「Right. So….. From your 『ココラ』」

(いや『ココロ』やっちゅうねん)

おっちゃん「いくらなら払いたいとオモウ? ビジネスのことは忘れテ。心の中ではいくら払いたいとオモウ?」

俺「えーー?」

おっちゃん「フォーゲット・アバウト・ビジネス。ココラ。ココラココラ。」

俺「んーーー」

おっちゃん「Forget about business。ココラココラ」

何度”forget about business”と言われたか分からない。

おっちゃんからすると、「もうこいつは買わないだろうけど、単純に幾らくらいすると思ってるんだろう」と気になって、俺にそう聞いているのかと思った。

(商人のくせにフォーゲットアバウトビジネスとか言ってくる。暇だからなのかな笑 まぁいいや、お喋り楽しいし。色々教えてくれるしいい人だなぁ!)

俺は答えに迷った。相場がわからない。お金のない日本人少年に色々と教えてくれる優しいおっちゃんに、あまり低く値段を言ってがっかりさせたくなかった。

迷いに迷って考えた結果、俺は「〇〇リラ(当時の約50万円)くらいかな」と言った。

すると突然、おっちゃんの表情が晴れ渡り、近寄って握手して来た。

(え、なになになになにそんなに嬉しいの?え?え?え?)

おっちゃん「いいネェ! ありがとう! はいコレ」

そう言う彼が握手している反対の手に持っていたのはなんと・・・

クレジットカードの読み取り機だった。

(おいおいおいおいおいおいおいおいオイオイオイオイオイオイ、フザケンナ!!!!!フォーゲットアバウトビジネスじゃねえのかよ!!!!ゴリゴリにずっとビジネスじゃねーかよ!!おい、おい! ココラじゃねーよまじで! はぁ〜〜〜〜〜!?!?!?)

 

と、思いつつ、

俺「アイキャントバイ・・・ソーリーソーリー・・・」

と言いながら俺は慌てて店を出た。

おっちゃんには去り際に「おお、ごめんな・・・ でも友達のままでいよウネ!」というようなことを言われたが、俺にはもうその人は友達に見えてはおらず、むしろイスタンブールという観光地獄で俺を待ち構えていたエンマ大王だった。

 

激しすぎる朝。日本じゃない国、というのは油断ならないな、と思った。

 

「だがこれで俺は学んだ。もう失敗することはない。初日はぼったくられ、二日目は持っていかれそうになったが、あとは任せろ。もう大丈夫。」

 

これが甘かった。

(続)

トルコ一人旅体験談 III「イスタンブールのおっちゃんたち #1」

アタテュルク空港に着いた。
数週間前に爆発テロが起こった場所だ。

さて、そうしてイスタンブールでの滞在が始まったのだが、ここで、俺のイスタンブール滞在中に出会った、俺の嫌な思い出を作りの功労者たちをご紹介しよう。

まずは

エントリーNo.1
・タクシーのおっちゃん
「ぼったくり」の容疑

「向こうから声をかけて来るタクシーには乗るな」
いろんなサイトを見ているとそんな風に書いてある記事をよく見かける。
空港で俺は「ラッキー」と思って声をかけてきたおっちゃんのタクシーの助手席に乗った。勉強不足。

英語が下手だけど、ファンキーで楽しいそのおっちゃん。
車線変更や右左折でも絶対に方向指示器を出さないという、「カーチェイスでもしているのかよ」運転。ワイルド。

観光地にも寄ってくれて、写真も撮ってくれた。

ケバブが食べたい、と言ったら、車を停めてお店に寄って、買って食べさせてくれた。

この辺でいい加減胡散臭さに気づけよ、ばかちん松岡。

そん中でも、初の海外一人旅敢行中のお人好し日本青年の反応は相変わらず
「いい人ダァ涙涙」

そしてホテル前に到着。大体30分くらい。

そしてその時が来た。

「200リラだヨ」*英語(ヘタクソ)
タクシーにメーターが無いのがこの国では常識なのかどうかも分からず、現地通貨での金銭感覚もまだ身についていなかった少年松岡は、「高くネ…??」と一度は切り返してみたものの、「エ?だってサービスしたダロ?」と押され、言われるがままに200リラを支払った。

だが、少し考えて計算すると、日本円にして約7千円也!!(今はトルコリラが暴落したから換算すると4千円くらい)

いきなり外国の常識「払う人にはいくらでも払ってもらうぞ」洗礼を浴び、意気消沈気味のテンションでチェックイン。

入ったホテルのフロントの人はいかにも優しそうで、(ちなみにこの人だけは結局最後まで優しかった)観光ルートやコース等々、色々と案内をしてくれたのだが、話の途中でこんな質問をされた。
「ところでここまでのタクシー、いくら払った?」

俺は心の中で思った。

(ここで200リラも使った、なんて言ったら、絶対この先ナメられる。きっと俺にもぼったくりを働くに違いない。よし、半分の100リラと言ってやろう!)

俺は「100リラだけデス」
ホテルマン「Oh… 相場は50だヨ」

ファ━━━━━━(゚A゚;)━━━━━ッ!!!!

ホテルマン「覚えといてネ」

 

やられた・・・
タクシーのおっちゃんにしてみれば、俺を乗っけるのは相当美味しい仕事だったというわけだ。

日本の常識は世界の非常識。身をもって勉強させていただいた。

 

この様にして、トルコでの俺の孤独な戦いは幕を開けたのであった・・・

(続)

トルコ一人旅体験談 II「往路」

ドバイ経由で行った。有名なエミレーツ航空。

飛行機の思い出といえば、機内食がうまかったこと。
今食べても特に美味しいと思わないかもしれないけど、その時の空の上の機内、というシチュエーションが「体感美味しさ」を倍増させた可能性高め。あとマンゴージュースがうまかった。
映画も色々見たが、ズーランダー2を見たような気がする。

飛行機の乗り換え時間は余裕を持ちたかったから、3時間か7時間で迷って、結局7時間にした。
結論から言うと3時間で良かった。暇で死ぬかと思った。とっとと現地に着きたいと言う気持ちがムクムクと沸くなかで、椅子で仮眠を取る。

そういえば、空港のチケットと一緒に、ドバイ空港内で使える食事券をもらっていたので、マクドナルドで使った。びっくりしたのが、セットにバナナが付いてきたこと。

 

時間があったので、3年前の松岡くんは、いろんなお店によってしまったみたい。

 

美味しさがイマイチ伝わってこない機内食の写真。美味しかったよ!
水はグラスとかではなくペットボトルで出てくる。この辺からもうアラビアのノリ。
でかい源氏パイ的なやつ。 正式名称なんて言うんやろか。
これ多分アルコールじゃないはず。 トルコ行ったら18歳から飲める、と言うのはリサーチ済みだったので着いたら飲むつもりだったが、ドバイでは21歳かららしい。から、これはノンアルコールなはず。笑 めっちゃモヒート系のカクテルに見えるけど笑
仮眠の仕方も世界仕様

そんなこんなで時間は経って行き、気がついたら乗り換えの時間。
スムーズに出来た。英語がある程度わかればなんとかなるものだ。

ドバイの空港はドチャクソ広かったけど、ドバイの通貨、ディルハム使って買い物もできたし、めでたしめでたしってなわけで俺はいよいよトルコへ向かった。

(続)

トルコ一人旅体験談 I「なぜトルコか」

この記憶は薄れることはあっても濃くなっていくことは無いので、忘れぬうちに記憶を書きしたためておこうと思い立ち、このシリーズを書くことにしました。
シリーズ自体は不定期で更新していこうと思いますが、全12回でまとめ上げる予定です。
おつきあいください!!

 

 

もう3年前になる。18の夏。今よりも変なエネルギーと奇妙なバイタリティが盛んな時期だ。
普通の人がやらないようなことをやっていることに安心を覚えており、チャレンジャーでいる自分が好きだった俺は、その年にヒッチハイクだったりライブだったりと、色々なことを経験するのだが、この時は海外旅行に行くことにした。

問題はどこに行くかだった。
中東のイスラム教国、トルコに決めた直接的な理由は、こんな知り合いの一言だ。

「俺がもしお前くらい若かったら、海外行きまくるけどな! オススメはイラン」

いきなりごっつい国をオススメされたのだ。

いやいや、イランはやばいでしょ。イラクとかあの辺行ったらどうなるか分からないよ。

ただ、欧米の国やアジアの比較的身近な文化の国には、あまり行きたいと思っていなかった。どうせなら全く馴染みのないような文化に触れたい、と。

それで、俺はその知人のアドバイスを「半分」聞き、中東にすることに決めた。
その中でも、トルコはエルトゥールル号の事件以来の親日国家だと聞くし、治安も良さそうだと思い、そこを旅行先に決めた。

もっとも、チケット購入後に自分が降り立つ予定の空港で爆破事件が起きたり、現地に着いてから軍が暴発したりと、安全とはおおよそかけ離れた状態だったのだが。
(先ほど「クーデター 暴発」で検索したら、ちょうど俺が旅行期間中の記事が出てきた。)

ちなみにそれまでの俺の海外経験は、親戚が住んでいたオーストラリアにだけ父親と二人で行った一度だけた。あとは皆無。
国内での一人旅もしたことがない。(遠方の友達の家に一人で行く、と言うのはしょっちゅうだったが。)

普段なかなか触れることのないイスラム文化に触れるべく、俺は7月12日発のフライトを予約した。

アンパンマンを抱え、僕も行きたい・・・と出発前に泣いてくれた弟3号。
連れて行きたいと(俺が)泣いた弟4号。エミレーツ航空に「弟」は手荷物として認められなさそうだったので断念。

 

この時の、何に期待しているかも深く考えずに海を渡ろうとしていた松岡少年は、
この先に待ち受けるカルチャーショックとそれがもたらす喜びや悲しみの予感すらないないまま、羽田から飛び立って行ったのであった・・・

(続)